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西洋文化をいち早く取り入れた横浜で、明治中期に誕生したと言われる「牛鍋」。熱々に熱した鉄鍋の中に割り下を投入し、牛肉と野菜を甘辛く煮て食べるという料理で、濃い目の味付けが何とも言えない食欲をそそります。牛鍋の楽しみの一つが、最高級の牛肉と対面できることでしょう。A4、A5等級のお肉や、各地の銘柄牛を惜し気もない大きさにカットして提供する名店が多く、牛鍋はお肉の神髄を味わえる料理でもあります。明治時代から続く伝統の味を現代に伝え続けている老舗を筆頭に、横浜で足を運ぶべき牛鍋の一流店を詳しく紹介します。

横浜のご当地グルメ「牛鍋」についてのコラム

横浜は1859年に開港して以来、西洋文化が次々に流入してきましたした。そこに来日した外国人によって開花した新しい文化がたくさんあります。アイスクリ-ム・ビール・公衆トイレ・鉄道・理髪店・テニス・下水道など、現代の私たちの生活に根付いている身近なものばかりです。6月2日の開港記念日に向けて、横浜発祥文化を知りながら観光すると楽しさが倍増しそうですね。その中でも牛鍋やすき焼きについてスポットをあててご紹介しますので、開港時代の横浜を散策する気持ちで読み進めてみてください。

「牛鍋」の発祥について

横浜の名物グルメ「牛鍋」

牛鍋屋

牛鍋屋創業の軌跡をたどるにあたり、こんなエピソードが言い伝えられています。

1862年(文久2年)、「伊勢熊」が居酒屋を牛鍋屋に変えて開業しようと試みました。しかし、女房の反対により店を二つに仕切り、一方では女房が居酒屋を続け、もう一方では亭主が牛鍋屋を営みました。始めは客足の少ない牛鍋屋でしたが、よい匂いに誘われて居酒屋の客が次第に集まり、ついには中仕切りを取り除いて夫婦仲良く牛鍋屋の家業に専念したそうです。

異文化に対して抵抗のあった当時の人たちも、漂う芳醇な香りには感服したのでしょう。次第に「牛肉を食べない者は文明人ではない」と言われる世の中に変化していきました。

横浜の名物グルメ「牛鍋」

太田なわのれん

1868年(明治元年)創業の串焼き屋「太田なわのれん」は牛肉の串焼きが安くて美味しいと評判が高いことをきっかけに、現在の末吉町に牛鍋屋を構えました。牛鍋を作るきっかけは、外人用の食用肉の切り落しを手に入れたからといわれています。当時食べられていた牡丹鍋から発想した牛鍋は肉の臭みを抑えられる「味噌味」でした。ネギを入れることで、より臭み消しになり美味しく食べることができました。炭火の七輪にかけた浅い鉄鍋を使用したことも牛鍋の特徴です。こうして「太田なわのれん」は今日に残る「牛鍋」の看板を掲げて創業した日本最初の牛鍋屋はとなりました。しかしながら前述のとおり、牛鍋屋としての最初の創業は関内の入船町にあった「伊勢熊」であるといわれています。

「牛鍋」と「すき焼き」の違いを見てみよう

横浜の名物グルメ「牛鍋」

牛鍋とすき焼きの違いを辞書で調べてみよう

「牛鍋」…牛肉をネギ・豆腐などとともに鉄鍋で煮ながら食べる料理。主に関東でいい、明治の文明開化期に流行した。牛肉鍋。

「すき焼き」…牛肉を豆腐やネギなどと一緒にたれで煮焼きしながら食する鍋料理。関東では牛鍋(ぎゅうなべ)ともよばれた。名は、鋤を鍋の代用にしたからとも、肉をすき身にして焼くところからともいう。

老舗の名店の牛鍋とすき焼き

現在、横浜市中区には、明治創業の牛鍋の老舗が「太田なわのれん」、「荒井屋」、「じゃのめや」の3軒あります。「荒井屋」と「じゃのめや」ではどのような違いがあるのでしょうか。

「荒井屋」の牛鍋は「一人分の肉や野菜、豆腐などの材料を鉄鍋に入れ、そこに割り下を注ぎ火をつけ煮込む」というもの。さしが肉全体にしっかり入ったA5ランクの牛肉を、ひと口めはそのやわらかい肉をさっと煮て食します。時間をかけて煮込んでいないため、割り下の味が強くなく、肉本来の旨みが味わえます。その後は肉に味が染み込むほど煮込んでいくため、生卵をたっぷりからめて食すと味の変化も楽しめます。「荒井屋」のすき焼きは、割り下を使った関東風です。まずは肉をしっかりと焼き、次に割り下を注いで煮立ててから肉をいただきます。はじめに焼きつけているので、牛鍋に比べて肉が香ばしく感じられるそうです。その後にネギや野菜などを加えていくというものになっています。

「じゃのめや」の牛鍋は「割り下の入った鉄鍋に肉と野菜を入れて煮る」というもの。「荒井屋」とは作り方が違っていますね。「じゃのめや」のすき焼きは「鉄鍋に、ざらめ(砂糖)を撒いてお肉を入れ、お醤油を少しかける」というもの。この方法は現在の「関西風すき焼き」に似ていますね。

肉を焼く時の味つけが「ざらめ(砂糖)と醤油」の場合には関西風すき焼きと言われ、割り下を使う場合は関東風すき焼き、と言われるそうです。関東風すき焼きとは「牛脂を入れた熱い鉄鍋で肉を焼き、割り下を注いでから肉を食べる。それから残りの具材を入れ煮込む」というものだそうです。この関西風すき焼きと牛鍋の特徴を取り入れたものが、関東風すき焼きではないかと考えられています。

「牛鍋」と「すき焼き」の違いのまとめ

「牛鍋」とは牛肉と野菜、豆腐などの材料を一緒に鉄鍋に入れ、そこに甘辛い割り下を流し入れた後、火をつけて『煮るもの』。それに対して「すき焼き」とは、はじめに肉を鉄鍋で一枚ずつ『焼くもの』。その後に野菜を加えていく。

すき焼きには、関東風と関西風の2種類があり、関東風は『割り下』を使用するのに対し、関西風は割り下を使用せず、『ざらめ(砂糖)と醤油』を使って味付けするもの、ということになりますね。

牛鍋とすき焼き、作り方は違えど、どちらも想像しただけで食べたくなるほど美味しそうですね!

牛鍋ではなく、すき焼きが主流になった訳

開港と共に西洋文化が流入したことをきっかけに、日本でも牛肉を食べる習慣が始まりました。当時の関東は牛鍋屋が主流であったそうですが、関東大震災による火災のため、一度に多数の牛鍋屋が倒壊してしまいました。その時に関西から進出した料理人などにより新店舗が店を連ね、関西風のすき焼きが広まっていったのではないか、といわれています。

しかし、ざらめを使って肉を焼くのは焦げやすく難しいため、現在では作りやすい関東風の手法が広がったのでしょう。今も私たちの家庭で何気なく食べている『すき焼き』。実は元をたどれば『牛鍋』なのかもしれないですね。

西洋文化が流入し、そこに日本東西文化を融合させた食文化は「牛鍋」や「すき焼き」にとどまらずたくさんありそうですね。身近な食卓から、その文化を紐解いてみてくださいね。

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